【短編小説】道標

スポンサーリンク
スポンサーリンク

道標/村田侑衣
10分で読める不思議な小説

分岐点ぶんきてんと呼ばれる瞬間は生きていく中で少なからず誰にでも訪れる。受験、就職、結婚。大小はあれど、人生のあらゆる場面で人は様々な選択を迫られる。
 そこで選んだ道が最良なのかどうか。より良い結末を迎えることが出来るのかどうか。それは結局わからないまま、というケースの方が多いかと思う。異なる選択をした自分が居るかもしれないパラレルワールドの様子を知ることはもちろん出来ないし、過去に戻って選び直すことも出来ない。
 一度選んだあとは、比較も答え合わせも出来ずに正解かどうかもわからない道をただ歩んでいくことになる。

「あの時こうしていれば」

 そうやって後悔することもあるだろう。別の道を選択をした先に待っていたのが、実は今を上回る最悪なのかもしれないのに、だ。
 選べなくなったのをいいことに好き勝手に思いをせる。未来を知ることが出来ない私達は、想定外の嫌なことが起こる度に、選ばなかった道を逃げ込むことの出来ない逃げ道にするのだ。

 では、どうすれば正しい選択が出来るのか——。
 それを顔も知らないあなたに伝えるために私は今こうしてペンを走らせている。と言っても、大した話ではない。

「後悔しないように選択をする」

 ただそれだけだ。「それが出来ないんじゃないか」なんて声が聞こえる気もするが最後まで聞いて欲しい。
 先ほども書いたように選択後に後悔してしまうのは、選ばなかった道の結末がわからないからだ。
 おそらく多くの場合、選択時にはすでに「こっちが良い」「こっちは嫌だ」などの優劣ゆうれつが自分の中に多少なりともあると思う。その気持ちに素直に従う。そして、選ぶ予定でない道を最悪の結末に繋がるように想像して逃げ道を塞ぐ。ただそれだけ。これだけでどんな結果になっても後悔することはなくなる。
 効果は実証じっしょう済みだ。これを実践してきた私は今まで選択を間違えたことがない。大袈裟おおげさに聞こえるかもしれないが、少なくとも後悔はしなくなった。

 ……まあ、私の経験談はあまりあなたの参考にならないかもしれないが。
 ここからは余談だと思ってもらっていい。

 私には、おそらく私にしか出来ない正しい選択をする為の力がある。選択を迫られた瞬間、目の前に正しい道を示してくれる矢印が現れるのだ。アニメの画面から飛び出してきたような姿をした不思議な矢印。何も考えずにこの矢印に従う。そして逃げ道を塞ぐ。こうして私はいままで間違えることなく選び続けてきた。ただ、』

 激しい足音が廃ビル内に響き渡る。勢いよく走らせていたペンを止め息を殺した。

 (もう見つかってしまったか)

 三階と四階を繋ぐ階段に下ろしていた腰をゆっくりと上げ、足音を立てないように一段ずつ登る。薄暗く、ところどころ崩落ほうらくしている建物内。各階で身を隠せそうな場所を探すつもりでいたのだが、矢印が上を指すのでひたすら上を目指して急いだ。悠長ゆうちょうに各階で止まるよりも距離を取ることが最良の選択だということなのだろう。

 初めて矢印が見えたのは十歳の誕生日。両親に離婚する旨を告げられた時だった。どちらかを選べと言われた私は酷く悩んだ。そんな時に突然現れたのがこの矢印だった。
 母の方を指した矢印を見て「ああ。こっちが正解なんだ」と何となく感じた私は、酒に溺れた父についていった場合の悲惨な人生を無意識に想像していた。そして、母について行くことが正しい選択だと確信した。
 だから、母の再婚相手がギャンブルで多額の借金を抱えていることがわかって苦しい生活を送ることになっても後悔することはなかった。大人になった私にその借金が全て回り、追われることになっても間違ったとは思わなかった。

 きっと、矢印に従うことで今まで生きてこられたのだ。矢印が教えてくれるこの道が正解なのだ。

 心の中で繰り返すその言葉は、いつしかおまじないのようになっていた。安心感をくれる魔法の言葉。それは今この瞬間も同じだった。

 十二階。いつの間にか最上階まで辿り着いていたらしく上へと続く階段はなくなった。隠れられそうな場所を探しながら奥へと進んでいたが、すぐに足を止めた。行き止まりだ。
 向かって左側の壁は崩れ落ちており、すぐそこに青空が広がっている。右側は小さな部屋のようになっていて、壁や天井に穴は開いているものの隠れるスペースはある。

(隠れてやり過ごそう)

 そう考えて右へ行こうとした瞬間だった。私の意思を嘲笑あざわらうかのように左を指す矢印が目の前に現れた。



 反射的に左へ進んだ体は宙を舞った。


(きっと右の部屋に隠れてもすぐに見つかって死ぬよりも苦しい目にあっていた)

(この選択が正解だったのだ)

 落ちていく中でいつものように自分にそう言い聞かせた。


 ゆっくりと過ぎる時間の中で走馬灯そうまとうとともに脳裏をかすめた疑問は、ずっと考えないようにしていたものだった。

  —— 本当に正しい選択が出来ていたのだろうか。

 答えは随分ずいぶん前、矢印に選択の責任を押し付けて言い訳を始めるようになった頃から薄々気が付いていた。
 どちらを選んでも、何を選んでも、どうせ結果はわからないのだ。選択という行為自体に大した意味はないし、おそらく重要ではない。
 その先のゴールを考えて自ら選ぶことにこそ意味がある。本当に大事なことは選んだ道をどう歩くかだ。と、今更そんなことを言ってもどうしようもないのだが。

「他に選択肢がないじゃないか」

 目の前に浮かぶ下向きの矢印に向かって自嘲じちょう気味に言い放った私は、近づく地面を一度見た後そっと目を閉じた。

   〈了〉

ツギクルバナー

コメント

タイトルとURLをコピーしました