消えた流星に願いを/村田侑衣
10分で読める恋愛小説
「本当にここで……もっと他にいい場所あったんじゃないか?」
「何でですか? 綺麗に見えてますよ?」
「まあ、たしかに思ってたよりは」
「ですよね? 隣のビルの明かりがちょっと邪魔ですけど。金曜のこんな時間まで……あの人達ちょっと働き過ぎじゃないですか?」
「俺らも似たようなもんだろ。さっき仕事終わったばっかなんだから。それよりさ」
「何ですか?」
「ずっとここで飲むの? てっきりどこかに行くのかと思ってたんだけど」
「どこかってどこですか?」
「もっとこう……会議室で缶ビール片手にじゃ雰囲気出なくない?」
「雰囲気? 必要ですか?」
「いや、要らないなら別にいいんだけど」
「んー? おやおや? ふふっ。なるほどなるほど」
「何だよ」
「先輩は可愛い後輩に『星が見たい』と誘われて何か別のことを期待していた、と」
「……そういうわけじゃないけど」
「へー。その割には随分買ってきましたね。お酒。酔わせるつもりでした?」
「これくらいじゃ酔わないだろ? 酔わせてやりたいとは常々思ってるけど」
「さあ? 今日は酔うかもしれませんよ? いつもと違うシチュエーションだし」
「はいはい。というか何でまた急に星?」
「流れ星が見たくて」
「なんか願い事でもあるの?」
「見たことないから見たい。それだけです」
「ふーん」
「いや、願い事はもちろんありますよ? でも直接お願いするので。それに一瞬なんですよね? 三回も言えないだろうなー」
「一瞬……見たことないんだろ?」
「課長が言ってました」
「そうやって人の言うことをすぐに信じるのもどうかと思うぞ」
「参考にしてるだけですよ。私自分の目で見たものしか信じないので」
「それはそれは」
「……そういえば課長で思い出しました。私、聞いたんですよ」
「何を?」
「先輩、同じプロジェクトに入った新入社員の女の子と随分仲がいいみたいですね」
「教育係ってだけだろ? 仲がいいわけじゃないと思うけど」
「若いし可愛いし。さぞ楽しいでしょうね。お仕事が」
「いやいや。十個も歳が離れてたら会話も続かないし、何言ってるかわからないことの方が多いよ。宇宙人と仕事してるみたいなもんだぞ。というか聞いただけの話を信じてないか?」
「見たことあるんですか? 宇宙人」
「比喩だよ、比喩。見たことない。いるわけないだろ」
「え? 見たことないのに否定するんですか?」
「見たことないから否定するんだよ。お前も一緒だろ?」
「違います。私は信じないだけです」
「何が違うんだよ」
「肯定しないだけです。否定はしません。例えば私が……いつも先輩と一緒に働いている私が実は宇宙人だったとします。あ、プロジェクトは違いますけど」
「いきなりだし細かいな。それで?」
「先輩は宇宙人を見てるわけですよ。毎日。もっと言うと宇宙人を抱いてるんです。毎週。そしてそんな私に突然告白されるんです。『実は宇宙人なんです』って」
「信じないだろうな。お前はどうやって宇宙人だと証明するつもりなんだ?」
「名乗ってるじゃないですか。自己申告制ですよ」
「それだけで信じるのは無理だよ」
「でも私の存在は否定しませんよね?」
「そりゃあ目の前にいるしな」
「そういうこと……あれ? 目の前にいなかったら否定するんですか?」
「どういう意味?」
「私のいないところでは彼女いませんって答えてるんですか? という質問です」
「いや、そんなことはない」
「ふふっ。慌ててますねー」
「気のせいだよ。で、何の話だっけ?」
「まあ何だっていいんですよ。くだらないお喋りが楽しいだけなので……あ、流れ星」
「え、どこ?」
「もう消えちゃいましたよ。こっちばっかり見てるから見逃すんです」
「まあ別にいいけど。お願いしなくてよかったのか?」
「そうですね。せっかくなのでしておきます。新人ちゃんが会社を辞めますように」
「おいおい」
「冗談ですよ。土日、先輩と遠出がしたいです。できれば泊まりで」
「それは……なあ。本当に見えたのか? 流れ星」
「私には見えましたけど。あ、さてはまた否定する気ですね?」
「ただの確認だよ。どうも嘘な気がして」
「無理なら無理って断ってくれればいいのに」
「いや、なんとかするよ」
「へー。ところで先輩。さっきから携帯鳴ってますけど出なくていいんですか?」
「ああ」
「奥さんからですよ。きっと」
「見てもないのに決めつけるのか?」
「本当ですね。あ、珍しく酔ってるみたいです」
「それは間違いなく嘘だろ? まあでも……そうかもな」
「何度も鳴ってますし急ぎの用なんじゃないですか? 私先に帰りますね」
「いや、帰らなくても」
「気にしないで下さい。それに、信じたくない事は見ないので」
「……悪い。明日朝迎え行くから。温泉旅行とかでいいよな?」
「ふふっ。わかりました。楽しみにしておきます」
「絶対何とかするから」
「はい。では、また月曜……明日、でしたね。おやすみなさい」
〈了〉
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