現実逃避/村田侑衣
1分で読める恋愛小説
「……何これ?」
『馬車』と書かれた付箋が貼られた小さなカボチャ。ソファーに横たわる彼女は顔を伏せたまま「現実逃避」と答えた。
なるほど。今回はシンデレラか。
現実逃避。仕事で嫌なことがあると彼女は決まってこう答える。そして独特な方法でストレス解消を始める。
たしか前回は桃太郎だった。あの時鬼だったクマのぬいぐるみは今回『継母』らしい。……可哀想に。扱いはそう変わらなかったようだ。
「それで? 舞踏会に行く前に満足しちゃったってこと?」
机の付箋には『毒リンゴ』と書かれている。それは別の……面倒なので言わなかった。
「そう。それに、どうせ行っても踊るだけでしょ? 何が楽しいの?」
「そういうのに憧れるんじゃないのか? 女の子って」
「いや。全く憧れない。とにかく私は今から永遠の眠りにつくから」
すぐに寝息を立て始めた彼女。そっと頭を撫でてから「おやすみ」と呟いた僕は、新しい付箋に『ガラスの靴』と書いて考えた。
これがぴったり合う人を探している——。
……いや、これは笑われるだけだ。それにきっと恥ずかしくて言えない。
クローゼットに隠したリングケースの出番はまだまだ先になりそうだ。
〈了〉
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