【ショートショート】襖の虎

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襖の虎/村田侑衣
3分で読める恋愛小説

ふすまの虎を退治して欲しいの」

 一歩前を歩く早希さきが発したその言葉の意味が一瞬わからなかった。

「……ん? 何それクイズ? あ、一休さん?」

「そう。夜中に飛び出して悪さをするから退治して欲しいの」

 階段を上りきったところで振り返った早希は真顔でそう答えた。

「ちょっと……わからない。まず襖から出してくださいって答えるのが正解?」

「あの話だったらそうね。それが正解だと思う」

「……なあ。用事ってもしかしてそれ? 急に呼び出すから慌てて来たんだけど」

「けど何? どうせ暇だったでしょ? それに可愛い幼馴染が困ってるのよ?」

 不満そうな表情で部屋の扉を開いた早希は、右手にある真っ白な襖を指差した。

「ん? ああ。襖だな。見覚えのある襖」

「出しといたから。これで捕まえられるでしょ?」

「いや、元々真っ白だったじゃん」

 散々入ったこの部屋。虎が描かれていた覚えなどない。

「ここ数か月の話よ。虎が現れるようになったのは」

 そういえば、高校生になってこの部屋に入るのは初めてだ。

「……まあいいや。で? どうしろと?」

「退治して」

「居ないのに? というか、どうやって出したんだよ」

「あー。出しといたってのは嘘。毎朝勝手に出ていくの。で、夜中に戻ってきて悪さをする」

 大袈裟なため息を吐いたあと、僕の目を見て早希は言った。

「だから、ここで朝まで待って。戻ってきたところを退治して」

 早希が言いたいことをようやく理解した。

 緩みかけた頬を隠すために少しだけ俯く。「まあいいけど」急に心臓の音がうるさくなった気がした。

「戻って来なかったらどうするんだよ」

「そうね……あれ? もしかして信じてないの?」

「信じてるよ。もしもの話。わからないだろ? 虎の気分もあるだろうし」

「ふーん。まあいいわ。戻って来なかったらその時はこっちから捕まえに行くの」

 鞄の中から近所の動物園の割引券を取り出した早希は「朝から」と言って笑った。
 随分準備がいいな、と笑いかけたが止めておくことにした。ここまで準備をして真剣に捕まえようとしているのだ。言われた通りにすることにした。

「わかったよ」

 仕方ない。……そう。幼馴染が困っているのだから仕方ない。

   〈了〉

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