おかえりのサイン/村田侑衣
1分で読めるホラー風小説
彼の帰宅を知らせる音が玄関の方から聞こえてきた。鍵の回る音。扉の開閉音。何でもない無機質な音にさえ高鳴る胸は、私と違って彼への気持ちに正直なのだと思う。
新しく始まったプロジェクトのせいで帰りが遅い日が続いていたのだが、今日は珍しく定時で上がれたようだ。
「おかえり」
廊下に響く重い足音に向かって私は小さく呟いた。
同棲を始めて半年が過ぎた。そろそろ次のステップに進んでもいい頃。私はそう思っているのだが、彼からは何も言ってきてくれない。
何かきっかけが欲しいのだろうか。そう思って、ブライダル関連の雑誌を本棚に入れたり、記入済みの婚姻届を引き出しに入れたりしたのだが何のアクションもないまま。
……仕方ない。存在に気付いて貰えるまで気長に待つことにしよう。
正直、今でも充分幸せを感じている。これからもずっとそばに居られるのなら。この幸せが続くのならば、間柄など大した問題ではないのかもしれない。
心の底から愛してるよ——。
今日も押入れの隙間から、熱い想いと熱い視線を静かにじっと送り続ける。
〈了〉
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