生まれ変わられ/村田侑衣
3分で読める不思議な小説
「じつはね。僕、聡史なんだ」
アパートの階段前で急に立ち止まった四歳の息子が口にした名前は、五年前に死んだ長男の名前だった。
「どうして……」
突然の出来事に慌ててしまったせいか、無意識にそう呟いていた私。左手の先にいる息子は笑顔でこちらを見上げている。
——どうしてその名前を知っているのか。
一番に頭に浮かんだ疑問だったが、落ち着いて考えてみるとそれほど不思議なことではない。私と夫の会話を聞いていたのかもしれないし、親戚の誰かが兄がいたことを話したのかもしれない。
不思議なことではない。再度自分にそう言い聞かせて納得した私は、右手に持っていた買い物袋を肩にかけて屈んだ。
「あなたは太一でしょ?」
同じ高さになった綺麗な目を見ながら優しく頭を撫でた。
「ううん。聡史。生まれ変わったんだよ。それで、あの子が太一なの」
そう言って腕を上げた息子は、伸ばした人差し指をアパートのごみ置き場に向けた。緑のネットで覆われたブロック塀。午前中に回収されていくごみ袋の山の代わりに、ボロボロの段ボール箱が一つ置かれていた。よく見ると中から小さな猫が顔を覗かせている。
「あの子って……あの猫のこと?」
「そう。生まれ変わられた子は猫になって生まれてくるんだ」
生まれ変わられた。聞き馴染みのないその表現をどこで覚えたのかはさておき、何となく息子の言いたいことがわかった気がした。
「ふふっ。どうしてあれが太一だってわかるの?」
「兄弟だから。それにほら。僕を睨んでる。かわいそうだよね……」
猫と私を交互に見る息子。あの猫を飼いたい。そんな心の声が聞こえてくる。
「そうね……連れて帰ってあげる?」
「え?」
驚いた顔をした息子の手を引いてごみ置き場に向かう。
「家族だもんね。ちゃんとお世話するのよ」
「……うん。家族だもんね。ママもちゃんと大事にしてね」
近づいた途端に威嚇を始めた新しい家族に向かって「そんなに怒らないでよ」と手を伸ばした息子は、私の顔を見て笑った。
「ちゃんと連れて帰ってもらえるんだから。僕と違って」
〈了〉
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