【掌編小説】何も見えていないから

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何も見えていないから/村田侑衣
1分で読める不思議な小説

 緊張で声が震えていたかもしれない。自己紹介を終えた途端そんな不安に駆られた。耳に響く笑い声が本当に聞こえているのか、あるいは幻聴なのか。それさえ分からないまま自席を目指した。窓から数えて二列目。一番後ろの空席に腰を下ろす。

 今回は。今回こそは平穏な学校生活を送りたい。前の学校で暴力を受ける自分の姿。脳裏をよぎるその映像をかき消すように小さく頭を振る。

「このクラスには幽霊が居るんだよ」

 前の席の男子が振り返りながらそう言った。突然やってきた会話のきっかけに戸惑う。やっとの事で口から出てきたのは「そ、そうなんだ」と、何とも微妙な言葉だった。
 ホームルームが終わると質問責めが始まった。全てに曖昧な答えしか出来なかったが、クラスメートの笑顔を見てホッとした。ここならやっていけそうだ。

「これからよろしくね」

 少し自信がついた僕は窓側のお隣さんに挨拶をした。
 だが、彼は返事をしなかった。聞こえなかったのだろうか。

「ねぇ……」

「そこに何か見えるの? もしかして君も幽霊?」

 ——ああ。そうか。その瞬間から窓側の一番後ろの席は空席になった。

   〈了〉

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