Twitterで掲載している140字小説まとめ
【思い出売りの】
雪が舞う路地裏で一人の少女が小さなパンを片手に震えていた。足元には『思い出売ります』と書かれたボロボロの紙。
「食べ物を貰う代わりに楽しかった頃の思い出話をして……でももう無いから……」
涙を浮かべる瞳に光は見えなかった。
「商品の仕入れをしない?」
僕はパンの代わりに手を差し出す。
【命名規則】
名は体を表すって言うじゃない?
だから、コンビニでレジの子にお釣りを渡されて少しニヤけたのも『浮気』だと思うの……重いかな?
でも手足を別々に縛ってるしこれは『束縛』じゃないよね。
今回は許すけどもう他の女を見ないこと。約束。ほら小指出して。
これ? 剪定鋏。『指切り』って名前なの
【アンガーマネジメント】
「お安くしますよ」
玄関先で不快な笑みを浮かべる訪問販売の男は『簡単!アンガーマネジメント』という本を片手にそう言った。
押しに弱い私。一度は断ったのだが結局二万円で買ってしまった。
ため息を吐きながら本を開く。
『ばーか』
……まずはこの怒りをコントロールしろということなのだろうか。
【八面六臂の苦悩】
顔が三つだから『仏の顔も三度』なのだと思っていたが、目の前の仏には顔が八つある。
「活躍の場が」「マルチに」などと言っているが、要は人手不足で顔を増やされて神も兼任している、と。
なのに腕は六本のまま。手が回らないと嘆いている。
「神も仏もないですね」
俺の冗談に笑ったあれが死神らしい。
【カーディガン】
「今夜暇?」というメッセージに「ええ」と返信をする私。ただそれだけ。ベッドまでたった六文字で足りる関係。
「お前が一番だよ」
いつの間にかソファーで煙草を吸う彼。
「ありがと」
嫌いになれない横顔に定型文を投げ付けた。
「幸せだろ?」
「そうね」
薄手の嘘をまた羽織る。春はまだ来ない。
【偶然】
偶然入ったカフェで偶然座った窓際の席。彼を待つ私は隣の女性が同じ鞄を持っていることに気が付いた。
私と同じリップを塗りながら気味の悪い笑みを浮かべる女性。耳には同じピアスが付いている。
「お待たせ」
聞き慣れた声。振り向く女性。
わかっていたが目的の相手も同じ。
「あら、」
もちろん偶然。
【抜け殻】
「ヘビの抜け殻持ってたら本当に金運上がったみたいでさ。最近、他の抜け殻も持ち歩くことにしてるの」
「他の? 例えば?」
「セミ。あとカニとエビと……」
「……それ効果あるの?」
「多分」
「ないと思うけど……それで? そのスーツケースは何?」
「これ? お兄ちゃん。就活失敗しちゃって」
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