140字小説 Vol.14

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【二階から目薬】

 床の穴に気が付いたのは引っ越し当日の夜だった。木造二階建ての古いアパート。何となく覗く。豆腐を持った綺麗な女性と目が合う。
「お醤油落としてくれませんか?」
 言われた通りに数滴落とす。勿論上手くかからない。二人で笑う。「持って行きますよ」と外に出る。ここで毎回気付く。

 地下はない。

【誰?】

 なんか玄関の方で音がして。行ってみたら開けた覚えがないのに開いてたんですよ。鍵。で、ちょっと扉開けて覗いたら誰も居なくて。でも笑い声は聞こえるんですよ。変だなーと思ってたら向こうに後ろ姿が見えて。そこでようやく「あぁ。二人だったんだ」って納得したんです。あ、かけときましたよ。鍵。

【いつも通り】

 シャワーを浴びて温かくなった息子に子ども服を着せる。今日の息子は仕事帰りにごみ置き場で拾った人形だ。
「ご飯できたよ」
 笑顔の妻。いつも通り三人で食事を済ませて寝室で川の字になる。
「あなた……この子、冷たい」
 遠ざかる足音。コンロの点火音。いつも通り聞こえないふりをして目を閉じる。

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【うるさい】

「今日も一日お疲れ様」
「本当によく頑張ってるよ。偉い偉い」
「その苦労、ちゃんと分かってるから」
「ちゃんと見てるから」
「きっとそのうち良いことあるよ」
「大変なのは今だけ。今だけ」
「大丈夫大丈夫」
「君は絶対に出来る。自分を信じて」
「明日も頑張ろう」

 洗面所の鏡が最近うるさい。

【未読】

『会いたい』では既読にならないが『会いに行く』と送ればすぐに返事がくる。『話したい』は『電話するね』。

 奥さんといる時の彼は読んでいないふりをする。無意味なスタンプを送るようになったのはそれに気付いたから。
『愛してる』
 本音を隠すように猫のスタンプを並べる。この子の嘲笑が嫌いだ。

【着せ替え人形】

 昔から私と双子の妹は母の人形だった。お揃いの格好をさせて連れ歩くための着せ替え人形。外に居る時の母はいつも優しかった。
 でも、家で可愛がるのは妹だけ。私とは目も合わせてくれない。
 愛情もお揃いに——。そう思っていた時期もあったが、もうどうでもいい。
「ご飯よー」
 今日は私が妹の番だ。

【新人教育マニュアル】

「君は優秀だからこれを読めば大丈夫」
 先輩社員に薄い業務マニュアルを渡されたのが半月前。入社二日目だった。
「新人教育? 僕がですか?」
 その先輩が今度は教育マニュアルを持ってきた。普通の人用にちゃんと……丁寧に教えてあげよう。僕は教育マニュアルを読み上げた。

「君は優秀だから……」

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