140字小説 Vol.6

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【一得一失】

 夜中にゴミ置き場から呻き声が聞こえる。そんな噂がマンション内で流れていた。

「誰が言い出したんでしょうね」

「誰だろうな……ふふっ」

「管理人さん何か知ってるんですか?」

「まあ」

 にやりと笑って彼は答えた。

「おかげで夜中のゴミ出しが減ったよ」

「……住人も減ってるみたいですけどね」

【心】

 恋は下心で愛は真心なんて言うでしょ?
 私、悪は出来心だと思うの。
 だから今回の浮気もそこまで責めない。怒るのもあなたを思ってのこと……言わば親心みたいなもの。

 ただあの女は許せなかった。ほら、これ。
 情がうつる前にちゃんと……ふふっ。そんなに青ざめて。

 まさに心ここにあらずって感じね。

【ここにいるの】

「どうして手を合わせているの?」

 冷たい風に乗って届いた声。顔を上げた私の目に女の子の姿が映る。近所の子だろうか。

「お話してるの。ゆっくり眠ってねって」

「誰と?」

「お母さんとだよ」

 首を傾げる女の子。私は「難しいよね」と言って優しく頭を撫でた。

「砂場のお山にお母さんがいるの?」

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【ハザードランプ】

 突然僕の家で始まった同僚達との飲み会も終盤。正面に座る同期の子が、こちらに向かってしきりにウィンクをしている。

「右折でもすんの?」

 僕の冗談を聞いた彼女は「バカなの?」と言って両目でウィンクを始めた。

「……何それ?」

「ハザードランプ?」

 聞かれても困る。目薬が欲しいのだろうか。

【棚から絵に描いた牡丹餅】

 隠してあったプレゼントを見つけてしまった場合どうするべきなのだろうか。棚の奥から出てきた透明な箱。中には白いハンカチが入っている。
 いつの間に……。夫の顔を一度見た私はそっと元の位置に箱を戻した。

「……開けないからね」

 きっとこの先も役に立たないハンカチ。
 涙は袖で拭くことにした。

【エンバーミング】

 魂の存在について言及する気はないが、エンバーミングが施された今の君は言わば容れ物だ。なのに僕は手放す事が出来ずにいた。

 ——愛していたのは容れ物の方だった。

 いつしか湧いた疑念。否定し続ける心。
 もしこの罪悪感から解放されるのならば、拒んできた別れは僕にとっての救済なのかもしれない。

【ところで】

「悲しいことがあると海が見たくなるの」

 浜辺に座り込む女性はそう言って笑った。

「飼ってた犬が死んじゃって……」

 一目惚れだった。

「ごめんなさい。いきなりこんな話」

「話しかけたのは僕の方ですし」

 長い黒髪。

「優しいのね」

「いえ。ところで」

 綺麗な瞳。

「他にもペット飼ってます?」

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