140字小説 Vol.13

Twitterで掲載している140字小説まとめ

【事故物件】

「本当にこの部屋でいいんですか?」
 事故物件を探しています。不動産会社でそう伝えると、前の住人が変死したという物件を出してくれた。
「もちろん」
 そう答えて契約書にサインをする。
「……絶対に借りてくれますか?」
「はい。気にしないし家賃も安いので」
「前の方もそうおっしゃってました」

【バランスシンドローム】

 右足をドアにぶつけた途端、左腕が重くなった。健康診断で訪れた病院の入口。ため息をつきながら左足をドアにぶつける。
 少し前から僕の体は左右の均衡を強要するようになった。
 採血の途中で音が消えた左耳はボールペンを左腕に刺すと元に戻った。右足が痛いのは、きっと左の視力が落ちていたせいだ。

【忘れたいこと】

「先輩はないんですか?忘れたい事とか」
 飲み始めて二時間。次第に色気を増す彼女の目元を直視出来ずに俯いたまま問いかける。
「引きずらないタイプなの」
 苦しそうな笑顔を見て「そのピアスは?」という台詞は行き場を失くした。
 空になったグラスに溜息を注ぐ。僕の悩みは暫く解決しそうにない。

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【ピエロ】

「ピエロってだけで怖がられるが、実際に狂ってる奴なんて数える程しかいない。硬くなるなよ。俺は違うからさ。ほら。怖くないだろ?いいか、危ない奴は会話なんて出来ない。イカれてるからな。お、やっと口角が上がった。こうやって人を笑顔にする為に俺はピエロになったんだ。ほら。怖くないだろ?」

【そっくりさん】

「あ……人違いでした」
 振り向いた僕を見て恥ずかしそうに俯く知らない女性。一目惚れだった。

「本当はナンパだった?」
 あれから必死に口説いたその女性は今、ベッドの上で頬を膨らませている。
「違う。似てるもん」
 怒った彼女も可愛い。
「ごめんごめん。大好——」
「彼氏の方がイケメンだけど」

【消しゴム】

 彼女が初めてくれたプレゼントは消しゴムだった。小学校で隣の席になった時にくれた消しゴム。中学校の美術の時間には彫刻刀を。高校で野球を始めた時はバットをくれた。卒業後は毎年、年賀状を送ってくれる。
 今年、ようやく意味がわかった。

『結婚しました』

 笑顔の男をひとまず消しゴムで撫でる。

【二足の草鞋】

 ソファーで談笑する娘と夫を眺めながら考える。私は幸せだ。
「パパ。次はいつ帰ってくる?」
 娘にとっては出張中の帰省。
「来月かな」
 夫にとっては出張先。

 幸せに明確な基準がないのは、誰もがその権利を与えられているからなのだと思う。
 私は幸せだ。
 月に一度、母に……妻になれるのだから。

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